みなさまからのご意見・ご感想をお待ちしております。 
 2006/06/29 thu
「固定観念にとらわれない」
“世界初”の“冷房機能付き洗濯乾燥機”が東芝から発売されると、テレビで言ってました。
そのコンセプトは、洗面所はお風呂の湿気などでカビが生えやすかったり、お風呂上がりに蒸し暑かったりするので、洗面所に置かれることが多い洗濯機に冷房を付けることでそれらに対処しよう、ということだそうです。
商品発売に至るまでは、商品開発チームのメンバーが、思いつく限りのアイデアを出しあって、メリット、デメリットを話し合い・・・
という長い過程があったことでしょうね。
「洗濯機は洗濯するためのもの」という固定観念にとらわれていては、とうてい考えつかないアイデアだなぁと思いました。
“固定観念にとらわれず、固定的思考から自らを開放し、何でもいいから思いつく限りたくさんのアイデアを書き出してみる”という方法は、“ブレインストーミング”といって、問題解決技法の一つでもあります。
商品開発にも問題解決にも、“ひとつの見方や考え、固定観念にとらわれずに、柔軟に思考してみること”が大切なようですね〜
 2006/06/26 mon
「相談を受けた人の態度〜聞くこととアドバイスすること〜」
私は相談をする人のほとんどは、アドバイスをもらいたいから相談するのではなく、自分以外に気持ちを理解してくれる人がいるという安心感を得たいから相談するのかなと思っています。具体的には、話しや考えを共有したいから→聞いて欲しい。自分の意見が正しいと認識したいから→意見に同調して欲しい。といった感じです。なので私はいつも頷きながら話を聞いてあげて、基本的に相手の意見は否定しません。私もそうなんですが、いくら人に相談しても動いたり結論を出したりするのは自分なので結局、相談しておきながら自分の意見に従うことが多かったりします。悩んでいない時なら他人の意見もすんなり聞けるのですが、悩んでるときは自分の意見と反対のことや注意を素直に受け止めづらかったりするかなと。
というご感想をいただきました。ありがとうございます。
「“カウンセリングマインド”を持っている方だなぁ」と感心しました〜
そうなんですよね〜。
“相談を受けた人”は、なんとか力になりたいという気持ちから、一生懸命どうしたらよいかを考えてアドバイスするのですが、最終的に結論を出して行動するのは、“相談した人”なので、“相談を受けた人”の枠組みでアドバイスしても、“相談した人”には役に立たないことが、残念ながら少なくないんですよね・・・
しかも、“相談した人”がアドバイスに従ってくれないと、アドバイスした方は、「せっかく一生懸命考えたのに・・・」と哀しくなったり怒りの気持ちがわいてきたりしてしまうこともありますし・・・
なので、ご感想をくださった方のように、相談を受けたら、まずは自分の意見を言ったりアドバイスしたりせずに、相手の意見を否定せず頷きながら聞くというのが、相手にとっても自分にとっても、良いのではないかなと思います。
(「どうしても頷きながら聞けない」という人は、6/22のつぶやきをもう一度読んでみてくださいネ )
具体的なアドバイスが欲しい人は、話をしている中でそのように言ってくることが多いので、始めからするよりもその時にした方が効果的かと思います
 2006/06/22 thu
「あなたは、相手の言うことに同調できないとき、どういう受け答えをしてますか?」
「相談相手」についての返信いただきました。ありがとうございます。
風水の方が言ってた相談についての話。愚痴の境界線は、現状を言うにとどめるかそこに自分の感情を交えるか、だそうです。そして、「相談相手は『自分に同調してくれる人』を選ぶこと」と書いてありました。あくまでも風水なので、よい気を取り込むってことを中心とした話なので、そうなの?って思うこともありますが、自分の意見に少しは同調してくれないと相談してる側としてはさらに滅入ってしまいます。例え意見は反対にしろ、一回「そうだねー」などと同調してもらってから、反対のことを言われると、聞く耳を持てるような気がします。
ほんと、そうですね〜。
たとえ「相手は自分のためを思って言ってくれているんだ」と思ってみても、
全く同調してもらえないと、「私のことを分かってもらえない」という
悲しい気持ちやイヤな気持ちがわいてくること、ありますよね〜。
そういう経験が何回か続くと、「あの人にはもう相談しないようにしよう」とか、
「相談相手は選ばないとなぁ」とか思っちゃいますね〜。
ところで、そういう体験をしていると、
誰かから相談を受けて、「同調してあげたいんだけど、ちょっと難しい・・・」
というとき、受け答えに困ってしまうこと、ありませんか?!
みなさんは、そういうとき、どういうふうに受け答えしてますか?
「あなたはそう考えてるんだね。でも、私はこう思うよ。」とハッキリ言う。
相手を傷つけないように、ウソでも、「そうだね、私もそう思う。」と答える。
「うーん、そうかもねぇ・・・。」と言葉を濁す。etc、etc・・・
受け答えに正解があるわけではないし、内容や相手とのこれまでの関係によって、さまざまなものが考えられますよね。
私のおススメは、まず、
“相手が今置かれている状況やその考えに至るまでの『流れ』に思いを馳せてみる”
ということ。そうすると、たとえば、
「そういう状況だったら、そう考える(感じる)のは自然なことだと、私も思うよ。」
といったような受け答えが、自然と出てくると思うんです。
これは、相手を傷つけたり、自分にウソをついたり、話をうやむやにしてしまわずにすむので、比較的相手に受け入れられやすいんじゃないかなぁと思います
 2006/06/19 mon
「他人に力を借りるときのポイント」
前回、「他人の力も借りてみよう」ということを書きましたけど、
もともと力になってくれそうでない人は論外として、
力になってくれるだろうと思っていた人が、
意外に冷たい反応だったり、期待にそわない反応だったりして、
よけい落ち込んじゃったような経験ってありませんか?
だから、“誰に借りるか?”の選択って、結構大事だと思うんですよね〜。
親しい人の反応って、ある程度予測できますよねぇ?
なので、たとえば、アドバイスが欲しいときには、理知的あるいは合理的な人に、
なぐさめて欲しいときには、情緒豊かでめんどうみの良い人に、
相手の悪口を一緒に言って欲しいとき、
あるいは、笑わせて気分転換させて欲しいときは、
子ども心旺盛で楽しい人に、・・・
というふうに、そのときどきに合わせて、自分で“力を借りる人”を選択するのです。
“自分は、相手にどんな反応を期待して話しをするのか?”
それが分かると、“誰に力を借りればいいのか”が見えてくると思います。
あと、“期待通りの反応”をあまり期待しすぎないこと。
これもまた重要なポイントです
 2006/06/15 thu
「誰かの力を借りる」
カウンセリングって、私も授業で習うまでは誤解してました。
カウンセリングを受ければ問題が解決するものだとばかり…(そういう人は多いのでは)。
でも、本当は「その人が成長するためのお手伝い」なんですね。
最終的には自分で解決しなければ人間的成長にはなりませんものね。
学校の先生は、「一人で成長することは難しいから、カウンセラーが共に歩むんです」
といっていました(感動)!
だから、カウンセラーの方々も誰かの力を借りて前に進んでいるんだなぁと思いました。
というご感想をいただきました。ありがとうございます。
ホントそのとおり!!
たいていの人は、「誰かの力を借りて前に進んでいるんだなぁ」って私も思います。
♪♪ひとはみな、一人では生きてゆけないものだから・・・(『ふれあい』)♪♪
っていう曲がむかし売れたのも、
♪♪たとえば君が傷ついて くじけそうになったときは かならず ぼくがそばにいて 支えてあげるよ その肩を・・・(『ビリーブ』)♪♪
という曲が音楽の教科書に載っているのも、このことに共感する人が多いからだと思うんですよね〜
けどなかには、「他人に力を借りるのはイヤ!!」という方もいらっしゃるでしょうね。
「自分で自分の問題を解決できないなんて情けない」とか、「どうせ他人に相談したって解決しない」とか、いろんな気持ちがあるんでしょうね・・・。
もしかしたら、一人でなんとかしなきゃいけない環境に育ってきませんでしたか?
相談した結果がっかりするような体験を繰り返したという経験がありませんか?
いろいろな事情があってのことでしょうけれど、「他人の力を借りること」は、「人間関係を築いていくこと」でもあると思うんですよね。
円滑な人間関係は、社会で生活していくために必要なもの。もちつもたれつ、です。
それを「イヤ!!」と突っ放してしまうのは、もったいないような気がするのですが・・・。
だから、問題をかかえたとき、時々は「いつものやり方」からちょっと離れて、話しを聞いてくれそうな誰かに話してみませんか?
 2006/06/12 mon
「臨床心理士の人って、自分の悩みやストレスは、どうやって解決してるの?」
と聞かれたことがあります。
「臨床心理士は、カウンセリングするのが仕事だから、
自分自身をカウンセリングすることもできる」と思う方もいらっしゃるのでは・・・?
カウンセリングとは、
「言語的および非言語的コミュニケーションを通して、健常者の行動変容を試みる人間関係である」(カウンセリング辞典 誠信書房)と言われているので、
「自分で自分をカウンセリングする」ということは、ほとんどないのではないかなぁ・・・。
で、他の臨床心理士の方々がどうしているかは分かりませんが、
私自身は、自分の悩みやストレスをどうやって解決しているかというと、
「人と話したり、誰かに相談したり」しています(平凡な答でスミマセン )
悩みとはまったく関係ない話で盛り上がっているうちに気持ちの整理がつくこともあるし、
「あなただったらこういうときどうする?」と聞いて参考にさせてもらうこともあります。
なにより“私と過ごす時間を有意義だと感じていてくれている人がいる”
ことが伝わってくるだけで、癒されます
それは、私にとって一番のこころのよりどころが、「人とのつながり」だからだろうなぁ。
学生の頃から、競争で負けたり、欲しい物が手に入らなかったり、
やろうとしていることがうまくいかなかったりすることなどより、
人間関係のゴタゴタの方が、私にとっては一大事でしたから・・・。
もう一つは、「この状況を、他の人だったら、どうとらえるかなぁ?」と自問してます。
あっ、これって、「認知療法(認知を修正する)」の技法の一つなので、
「自分で自分をカウンセリングしてる」って言えなくもないかもしれませんねぇ・・・
 2006/06/08 thu
「“臨床心理士”って全ての悩みを解決してくれる人なんでしょ?」
と言われたことがあります。
みなさんは、“臨床心理士“について、どのようなイメージをおもちですか?
悩みを全て解決してくれる万能薬のような働きをする人・・・。
こんなふうに思っておられる方、結構いらっしゃるのかなぁ。
でも、全能の神ではないですから、それはムリ・・・
心理士はささやかに問題解決を援助することしかできません。
一般的に、臨床心理士の仕事は、
その人の話しを聞きながら、まずは、
「その人」を全体的に理解しようとするところから始まります。
そして、関わりの中で信頼関係を構築しつつ、
その問題や悩みが、どのようなことを背景に、
どのようなことと関連して生じているのか、
その人に今必要なものや問題を解決するために必要なことは何か、
どのような援助が適切かなどを、臨床心理学の知識を用いながら考えていきます。
最終的に、その人がその問題や悩みを一人で抱えられるようになるまで
(問題が完全に解決するにこしたことはありませんが・・・)、寄り添い続けます。
だからイメージで言うと、伴走者、あるいは副木のような働きをする人・・・かなぁと思っています。
 2006/06/05 mon
「ご感想ありがとうございます〜凹む状況の中に良かったことを見つける〜」
「事実の意味付け方」へのレス第2弾に関連した「凹んでいる時」についてのご感想いただきました。
ありがとうございます。
私は、へこんでいる時はそこから早く脱したいと思うので、いつもよりも、人の話や出来事などから学ぶ吸収率が高くなります。なんとか抜け出すために、ヒントを得ようと、アンテナを張り巡らせているカンジです。なので、平和な時よりも賢い気がします。賢くなくてもいいから、心の平和を望んでいるんですがね。。
あと、みんなそうだと思いますが、へこんでいる時こそ、人の優しい言葉に感謝する気持ちが強くなります。ありがたいなーって。自分のために話しを聞いてくれる人がいる、という事実で、自分も捨てたモンじゃないと思えます。
「気持ちが凹んでいる」というネガティブな状況だからこそ、
人の話や出来事から学べたり、人の優しい言葉に感謝する気持ちを強めたりできる、
ということ。
こういう見方ができるあなた!!
とてもステキだなぁ〜と思いました
「人生で起こることに一つも無駄なことはない」って誰かが言ってましたけど、
まさにそんな感じですね〜
この感想を拝見して、以前あったことを思い出しました。
それは、不登校のお子さんの相談で、始めは焦りや不安でいっぱいだったお母さんが、
気持ちが落ち着いてくるとともに、次のように語ってくれたことです。
「そういえば、子どもが不登校になってから、夫婦の会話が増えたように思います。
それに、夫が子育てに関わってくれるようになったし。
もし、子どもに問題がおきなかったら、こういう変化は起きなかったかもしれない。
そう考えると、不登校になったことは、必ずしも悪いことばかりではなかったかも・・・。」
 2006/06/01 thu
「ご感想ありがとうございます〜自分の問題に気づくとき。+α(「困っている」のは誰でしょう?)〜」
「事実の意味付け方」へのレス第3弾です。
みなさんのいろいろな考えを聞かせていただいて、とても嬉しい気持ちであるとともに、私自身学ばせていただくことが多いなぁと感じています。
ありがとうございます。
本人が「無意識にすりかえてしまう」という部分に、
ある日、自分で気付かなければならない・・・のが、難しいのよ。あるいは、いつも「自分を振り返る習慣」を身に付けることでしか、修正できないんじゃない・・・?
本人自身が「無意識のすり替えに気づく」ことは、とても難しいでしょうね。
なにしろ「無意識」ですから・・・。
気づくチャンスは、何かしらの問題がたびたび発生することで、本人が
「困った。どうしていつもこうなっちゃうの?
なにか自分に問題があるのかな?」と思ったときじゃないかなぁ。
そういうときに、自分自身を見つめなおして、
そういうところがあることに気づいて、修正したいという気持ちがおきれば、
「自分を振り返る習慣」を身につけて、
修正していくことができるのではないかと思います。
あるいは、その人が「困った」と相談してきたとき、
よく話しや気持ちを聞いたうえで、
「その問題は、あなたのこういう傾向と何か関係はないだろうか?」
という問いかけをすると、気づけるきっかけができるかも・・・。
でも、基本的には、当の本人が、
そういう傾向があることに不都合を感じていなかったら、
気づく(気づかせる)ことも、修正する(修正させる)ことも、
ほとんどムリなのではないかなぁと思うのですが・・・。
というより、このことで困っているのは、
本人よりも周囲のひとたちであって、
「気づいて変わってほしい」と思っているのも、
周囲のひとたちなのじゃないかなぁ、と思うのです。
だから、もし、
「私の身近にいる○○さんのこういうところを修正させたいんです。」
という相談がきたら、私だったら、相談の方向性を、
「○○さんをどうするか」ではなく、
「○○さんのことで困っているあなたをどうするか」にするだろうと思います。
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